高校教員の徒然日記

PMA~Positive Mental Attitude~

勉強する意味を西村博之(ひろゆき)氏の言葉から考える

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

このブログを見てくれている方は大学受験に向けて頑張っている受験生か、何事かに挑戦し頑張っている方だと思います。

 

そこで今回は私が生徒たちに話している「勉強する意味」を書こうと思います。

受験生でない方も「大学受験や高校生活」をご自身の「何か」に当てはめて読むことができると思いますので、ぜひ最後までおつきあいください。

 

 

大学受験のための勉強をすることで、スキルを得るためのスキルを磨いている 

 

2ちゃんねるの開設者である西村博之ひろゆき)氏の言葉です。


私たちは生きていくために、その場に応じたスキルを身につけなければいけません

医師であれば膨大な知識と精緻な技術、コミュニケーション力などは必須です。

そして、それらのスキルを身につける際に最も必要な力は、それらを上手に身につけることのできる力だと言えます。つまり「スキルを得るためのスキル」が重要だということです

 

ただ、その力を身につける場は大学受験でなくてもいいはずです。

すでに人生をかけて取り組みたいことがあるならば、それを追求することで「スキルを得るためのスキル」だけではなく本当に自分がやりたいこともできます。

しかし、高校生の段階で「何が何でもやりたい」ってものを持っている人は多くないという現実もあります。というか、大人ですら持っていない人の方が圧倒的に多いような気がします。

 

だから、大学受験という強制力が働く場で「勉強」する意義があります

 

大学受験という場を通して「スキルを得るためのスキル」を磨くのです。大学受験で覚えた知識は一生必要ないかもしれません。でも、無意味とも思えるようなことを自分なりに工夫し身につけるという過程こそが将来何かを成功させるときの力となってくれます。

やりたいことを見つけたとき、やりたいことができる場面になったとき、それらを素早く楽しく実行に移すことのできる力を向上させているというのが勉強する意味です

 

本当の勉強というのは自らの頭で考え、それを行動に移し、その方法でいいのかを検証し、さらに考え…というサイクルで回ります。

頭で考えるだけではダメです。行動し「形」にすることが重要です。多くの場合、そうしなければ検証のしようがないからです。そして、実際に行動してみると(形にしてみると)、頭では上手くいっていたのに上手くいかないことのほうが圧倒的に多いことに気づきます。

その気づきから、私たちの成長は始まります。どうすれば上手くいくのかを真剣に考えることになります。この繰り返しが私たちをレベルアップさせてくれます。

 

とすると、高校生活にある国語や数学といった座学も、部活動も、学校祭や見学旅行などの学校行事も、すべて「スキルを得るためのスキル」を磨く勉強の場と言えるでしょう。せっかく高校生活を送っているのですから、そのすべてを自らの成長の糧にすることが人生の幸せに繋がっていくことは明白です。

 

なかでも大学受験は目標も手段も明確です。正しい方法で行動すれば必ず良い結果に結びつきます。その経験が大きな自信に繋がったり、その方法を勉強以外に応用したりすることが可能になります。

 

ここで得たスキルは将来の本当に必要とするスキルの獲得に役立つことは間違いありません。だから、大学受験に向かって一所懸命に勉強することは無意味ではありません。単に学歴を得るということ以上に大きな意味を持っているのです。


はじめに書いたとおり、この話は大学受験や高校生活だけのことではないはずです。

今、目の前にある自分がやるべきことにも通じます。
目の前にあることに一所懸命になる。

それは、そのことを成功させるということだけに留まらず、スキルを得るためのスキルを得ていることにもなります

 

今やっていることが自分の「本当にやりたいこと」かもしれません。でも、それは現段階におけるものです。この先、もっと「やりたいこと」が出てくるはずです。そう考えると、今の頑張りは「スキルを得るためのスキルを得ていること」になります。


私たちが勉強する意味、努力する意味というのは、未来の自分に対する最大の贈り物であることだと言えます

そして、豊かな人生というのはその繰り返しのような気がします。

成長し続ける自分、やれることが増え続ける自分、何にでも飛び込むことができる自分…これらの自分のレベルをより高めていくことが人生であり、幸せな人生に繋がっているのではないでしょうか。


このように考えると目の前にある課題に取り組んでいこうと思えませんか。

一緒に勉強して、お互いに豊かな人生、幸せな人生を送りましょう。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

2018年度総合学力マーク模試(6月進研マーク模試)_国語_第1問(評論)_解説

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

今回は、2018年度総合学力マーク模試(6月進研マーク模試)の国語、第1問の解説です。

 

このブログにある「文章の読み方」や「マーク式問題の解き方」をどのように運用するのかに重点を置いています。

そのため、「文章の読み方」「マーク式問題の解き方」をお読みいただいていることを前提に説明をしていきます。まだご覧になっていない方は以下のリンクからご覧ください。

文章の読み方_まとめ - 高校教員の徒然日記

マーク式問題の解き方(センター対策)_評論文 - 高校教員の徒然日記

 

この読み方、解き方を徹底することでセンター試験で8割は超えます

ぜひ身につけてみてください。

 

問題については、著作権の関係上ここに載せることはできません。

ご自分で用意してください。

実際に受験した方は持っていると思います。

受験していない方は学校にある場合がありますので、先生に相談してみてください。

 

形式段落での説明がメインになりますので、お持ちの問題冊子に形式段落番号を記入してください。1~23までになります(1行開きで書かれている引用部分には形式段落の番号は振りませんよ)。

 

 

では、始めます。

 


問1

 

(イ)「普及」の答えである「普請」が言葉としては難しいですが、消去法で導くことは簡単です。その他はできないと困るレベルの漢字ばかりです。

不正解があったのならば対策が必要です。漢字は夏までに終わらせましょう。

目安は漢字検定2級です。せめて準2級レベルまでは何とかしましょう。

 


問2 

 

ポイントは3つです。

 

 

①「なぜか」という理由説明問題である。
②形式段落のおわりの部分にある。
 →この段落では何の説明がされているのかを形式段落のはじめを見て確認する。
③形式段落の繋がりを意識する。
 →形式段落のおわりは、次の形式段落に続いていく。 

 

以上を踏まえて考えます。

 

形式段落のはじめを確認すると「言語は一般に、設定済みの記号の体系であって、ひとは思考を意味させるように、そこから語や文を構成するとみなされる」です。

ここを読んだときのポイントは「一般に」という言葉です。このような表現が出てきたら、筆者はそのように考えてない場合がほとんどです。つまり、「言語」は「設定済みの記号の体系」ではないし、「ひと」が「思考を意味させるように」「語や文を構成する」のではないというのが筆者の考えなのだろうと予想できるようにしましょう。

 

そのような意識で形式段落の中程を読みます。形式段落の作りは「この話するよ→説明→この話のまとめ」が基本でした


すると、2行目に「しかし」と逆接があるので、やはり筆者は先ほどの考えに反対だと分かります。そして、その内容説明が3、4行目に書かれている「言語はたえず変遷し、どの語や文も例外的な使用がされるから、意味作用の成り立ちが理解できない」です。

そして、傍線部の「発想を変えなくてはいけない」に繋がります。

 

この形式段落をまとめるとこうなります。

 

はじめ(一般にこうだ)→中程(変遷、例外があるから理解できない)→おわり(発想を変えるべきだ)

 

これだけで答えの方向性は見えますね。「言語は変遷し、例外的な使用がされるから」「一般に言われていることの発想を変えるべきだ」となります。

 

これだけで答えを選ぶことができる場合が多いのですが、今回は選択肢を見るとこれだけでは判断がつきにくくなっています。そこで、ポイントの③です。

傍線部が形式段落のおわりにあるということは、この内容は次の形式段落に繋がっていくと考えられます

つまり、先ほどの「中程(変遷、例外があるから理解できない)」という発想を変えるべき理由の詳しい説明がなされるはずなのです。

 

そのような意識で読み進めると、形式段落6、7、8がその説明になっていると分かります。すべて「言語が変遷する」ことの説明です。

形式段落6のおわり「基準は、語られるごとに、たえず作りなおされている」

形式段落7のはじめ「むしろ、こういうべき(指示内容は6のおわり)。言語が存続するのは、ひとびとが語ることで改変し続けるから」

形式段落8のはじめ「言語は、ひとびとが語り続けて存在する」

形式段落8のおわり「言語は解体されては作り直されている、基準からはずれることが『意味している』こと」

 

全部書きましたが、簡単に言うと中程にあった「変遷、例外」とは「言語はひとびとが語ることで変わり続けている」です。だから、「言語」は「設定済みの記号の体系」ではないし、「ひと」が「思考を意味させるように」「語や文を構成する」のではないのです。

 

選択肢を見てみましょう。
選択肢は文末(後半)から見ます。そこが今考えてきた方向と一致しているかを確認します。

 

 

①「言語体系を打ち破る」→「打ち破る」とは書かれていません
②「吸収する」→「吸収する」とは書かれていません
③「真の思考はこのように…」→考えてきた方向とはずれていますが、指示語があるのでその内容を確認する必要があります。直前は考えてきた内容です。これが正解です。
④「言葉の正しさの判断基準」→「判断基準」が理由ではありません
⑤「主体客体の意思疎通で満足」→書かれていません 

 

*ちなみに、本文の一番はじめが「真に思考する言葉とは?」から始まっているので、この文章は「真に思考する言葉」がテーマです。この問の箇所はその説明部分にあたるので、このような答えの書き方になっているのです。形式段落の作り(この話するよ→説明→この話のまとめ)はそのまま文章全体の作りでもあります。

 


問3

 

ポイントは3つです。

 

 

①「どういうことか」という内容説明問題(イコール問題)である。
②傍線部を含む一文中に指示語がある。
 →直前の内容を確認する。
③形式段落のはじめの部分にある。
 →この段落で説明がされていくはずである。 

 

以上を踏まえて考えます。

 

「そうした言葉」とは直前に書かれている「創造的用法」の「言葉」です。「創造的用法」は「それが」という主語を受けているので「それ」の指す内容を確認すると、直前の「規定されている意味を、解放し、新しい見方をもたらす」言葉だと分かります。

 

次に傍線部は形式段落12のはじめにあるので、この段落で傍線部の説明がされるはずだという意識で読みます

 

すると、中程に「言葉のあとで思考は変質し、言葉を語る実践のなかで特別な思考に生まれかわる」とあり、おわりに「言葉が先立っており、人間には言葉抜きの思考は不可能だ」とあります。

これが傍線部の説明なので、容易に答えを導けます。


選択肢を見てみましょう。

選択肢は文末(後半)から見ます。この問題は、正解以外はすべて選択肢文末で間違いだと判断できます。

 

 

①「特殊な意味合いで用いて表現を広げた」→読み取った方向と違います
③「言語体系は定着させられない」→読み取った方向と違います
④「ありのまま相手に伝えるのは難しい」→読み取った方向と違います
⑤「定着するまで時間を要する」→読み取った方向と違います 

 


問4

 

ポイントは3つです。

 

 

①「どういうことか」という内容説明問題(イコール問題)である。
②傍線部を含む一文中に指示語がある。
 →直前の内容を確認する。
③形式段落のはじめの部分にある。
 →この段落で説明がされていくはずである。 

 

以上を踏まえて考えます。


指示語なんてないと思うかもしれませんが、傍線部直前の「とすれば」は「そうだとすれば」の省略なので、指示語があると考えるべきです。

指示内容は直前なので、「それらの組みあわせにおいてしか、『発見する』という意味での思考はない」です。

この文のはじめにも「それがなされるには」と指示語があります。直前の「文を作ってその文の意味を知ることが発見である」が指示内容です。

 

つまり、「文を作って(言葉の組み合わせによって)、意味を発見する」です。これが「思考する」(傍線部)の内容です。

 

これだけでも答えは導けますが、一応もう1つ確認しておきましょう。

 

傍線部は形式段落18のはじめにあるので、このあと説明がされるはずです

中程は「文を作るなかで、自分のいわんとしたこと以上のことをいってしまうことがある」、おわりは「それに気づけるのは、目指していたけど、それが何かはっきりしていなかったから」です。

この内容は先ほど確認した「文を作って(言葉の組み合わせによって)、意味を発見する」と同じです。やはり、これが傍線部のイコールです。


選択肢を見てみましょう。

選択肢は文末(後半)から見ます。この問題は、正解以外はすべて選択肢文末で間違いだと判断できます。

 

 

①「全体を把握し妥当な組みあわせを考える」→読み取った方向と違います
③「正確にとらえられるかが思考の質」→読み取った方向と違います
④「社会的な責任によって思考が生まれる」→読み取った方向と違います
⑤「思考内容と目的を総合的に把握する」→読み取った方向と違います 


問5

 

ポイントは2つです。

 

 

①何について問われているかを確認する。
②問われている内容は本文のテーマである。
③形式段落の作りと文章全体の作りは同じである。 

 

この設問には傍線部がありませんから、何について問われているかを確認します

設問中に「思考について」とありますから、この問は「思考について」問われていると判断します。

 

問われている内容を確認したら、次に本文で「思考」をどのように述べているかを確認します。

 

そのときに知っておいてほしいのが次の考えです。

 

 

このような問で問われる内容は「本文の主題」である。 

 

主題と関係ないことを問うことはほとんどありません。それだと何のために文章を読ませたのか分からなくなるからです。この類いの問題は「きちんと文章を読めていますか」つまり「筆者の主張が読み取れましたか」という設問です。

 

では、この文章の主題(ここでは「思考」)を読み取ります。

ここで大切なのが文章の構成です。
「この話するよ→説明→この話のまとめ」が基本の構成です
これで見てみましょう。

 

形式段落1「真に思考する言葉って何?」→「言葉は変遷し、文を作りその文の意味を知ることが思考だ(ここまでの問いの内容ですね)」→形式段落23「沈黙が思考(中程の内容と同じですね)」

 

「思考」とは「言葉は変遷し、文を作りその文の意味を知ること」だと分かります。

この内容になっている選択肢を選ぶだけです。生徒同士の話なので選択肢の文が読みやすくなっていますが表現を気にしてはいけません。

 

選択肢を見てみましょう。
この問題は選択肢を読みながら突っ込みましょう。

 

 

①「前提となる知識が必要」→書かれていません
 「多角的な見方を身につける」→書かれていません
②「知識を組み合わせる」→組み合わせるのは「知識」でなく「言葉」
③「知識を生きたものにするために哲学者の思考が必要」→書かれていません
⑤「語彙が増えたら見方が広がる」→書かれていません 

 

*ちなみに、この設問での考え方の手順は課題文型小論文と同じです。このブログの小論文の過去問題解説では、その辺りのことも書いていますので必要な方はぜひ見てみてください。

 


問6(ⅰ)

 

表現の問題は、それぞれの選択肢の内容を本文に戻って確認するしかありません。
今回は対策できません。

 

問6(ⅱ)

 

構成・展開を問われた際のポイントは2つです。

 

 

①選択肢の最後と本文の最後が同じ内容になっているか。
②本文を読むときに、大きな流れを意識しているか。 

 

ポイントの②はある程度の国語力がないと難しいかもしれませんが、本文を読みながら(傍線部を頼りにして大段落を意識して)「問題提起」「内容説明」「理由説明」「筆者の主張」のどの内容かを意識できることを目標にしましょう。


今回の文章は問5で確認したように「問題提起、理由説明、筆者の主張」になっています。「思考」と「言語」との関係を述べていることは明白です。

 

 

 

いかがでしたか。

文章の構造、形式段落の読み方、マーク式問題の解き方を使えば、簡単に答えを導くことができます

はじめは慣れないかもしれませんが、繰り返しこの方法で読み解くことで必ず慣れます。そして、一度慣れてしまえば後戻りすることはありません。どんな文章が出てきたとしても8割は得点できるようになっているでしょう。

 

今後も他の問題を使ってブログを書こうと思います。自分で解いてみてブログで確認するという流れで勉強してみてください。

 

要望や質問は「お問い合わせフォーム」から受け付けていますのでご活用ください。

検討を祈っています。

 


最後までお読みいただきありがとうございました。

映画「アフタ-スクール」中の言葉「お前がつまんないのはお前のせいだ」から考える

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

今回はある映画の台詞から考えたことを書きます。

 

私の好きな映画の1つが「アフタースクール」です。

2008年公開で私が住む北の大地の「星」である大泉洋氏が主演し、「甘くみてるとダマされちゃいますよ」というキャッチコピーで上映されました。

そのキャッチコピー通り作品中にはいくつかの伏線が張られ、2時間に満たない映画のなかで複数の驚きを与えてくれます。最後には伏線すべてをしっかり回収してくれる素晴らしい作品です。

 

大泉洋氏が扮する主人公の神野(じんの)良太郎は中学校教師です。彼のもとに同級生と名乗る探偵の北沢(佐々木蔵之介氏)がやってきて、行方が分からなくなった友人探しを始めるところから話は始まります。

北沢は裏の世界と繋がっていて、「本当の社会」というものを知っていると考えていて、そんな社会に諦めにも似た感情を持っています。最後には警察に捕まるのですが、そんな彼への神野の言葉が今回紹介したい台詞です。

 

少し長いけれども引用します。

 

 

あんたみたいな生徒どのクラスにもいるんだよ。全部分かったような顔して勝手にひねくれて。この学校つまんねぇだのなんだの。…あのなぁ、学校なんてどうでもいいんだよ。お前がつまんないのはお前のせいだ。 

 

教師をやっている私もうなづいてしまった台詞です(こういう生徒って本当にいるんですよね…)。

 

ただここで大事なのは、この台詞は生徒(子ども)のことだけを言っているわけではないことです。

この世に生きているすべての人間が対象です。子どもにも大人にも、このような人はいます。

すべてを分かっているような顔をして、えらそうな講釈を述べる。そのくせ自分では行動することなく文句ばかり言う。物事がうまくいかなかったら自分ではなく世の中のせいにし批判ばかりする。そして「つまんねぇ、くだらねぇ」と言う。

 

神野が述べたように、「つまらない」原因は世の中ではなく自分自身にあります

 

もし世の中が原因だとしたら、すべての人間がつまらないと感じるはずです。しかし実際には楽しく幸せに生きている人だって多数いるわけです。生きている場所は同じ世の中であるにも関わらず、です。

 

「楽しい」という気持ちも「つまらない」という気持ちも個々の捉え方によるということは明らかなのです

 

社会でも学校でも人間関係でも、感情を動かす要因は「それ自体」にあるわけではありません。そこで自分が何をするか、どのように関わるかによって感情が変化します。

 

自分の外側にあるものは、基本的には自分のために何かをしてくれるものではありません(何かをしてくれるとしたら対価を支払った場合だけでしょう)。

置かれた場所は関係ありません。自分の行動こそが「楽しい」か「つまらない」かを決定づけます。

 

だからこそ目の前にあることに全力で取り組むことが大切なのです

 

一歩も二歩も退いた傍観者では「楽しい」という感情にはならないでしょう。

全力で取り組んだのなら、その結果が成功でも失敗でも「プラスの感情」を持てるに違いありません。

 

いま、目の前にあることに全力で向き合いましょう。全力で行動しましょう。そうすることでしか味わうことのできない感情があります。そしてそれは「つまらねぇ」とは逆方向に働く感情です。

その感情をより多く味わうことが「幸せな人生」を形作っていきますし、人生を成功へと導いてくれます

 

環境ではなく、自分自身の問題です。

 

一度しかない人生を思いっきり楽しむためにも前向きに全力で生きていきましょう

 

もう一度彼の言葉を引用して終わります。

 

 

学校なんてどうでもいいんだよ。お前がつまんないのはお前のせいだ。 

 


最後までお読みいただきありがとうございました。

2018年度第1回全統記述模試_国語_第1問(評論)_解説

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

今回は、2018年度第1回全統記述模試の国語、第1問の解説です。

 

このブログにある「文章の読み方」や「マーク式問題の解き方」(記述模試でも記号問題はありますので)をどのように運用するのかに重点を置いています。

そのため、「文章の読み方」「マーク式問題の解き方」をお読みいただいていることを前提に説明をしていきます。

まだご覧になっていない方は以下のリンクからご覧ください。

文章の読み方_まとめ - 高校教員の徒然日記

マーク式問題の解き方(センター対策)_評論文 - 高校教員の徒然日記

 

この読み方、解き方を徹底することで記述模試で点数を取ることができます

ぜひ身につけてみてください。

 

問題については、著作権の関係上ここに載せることはできません。ご自分で用意してください。

なお、黒本は前年度までの全統模試の過去問となっていますので、今日現在「2018年度第1回全統記述模試」は書店で購入できません。実際に受験した方のみ持っていると思います。

 

(追記:記述模試の過去問は出版されていません。黒本はすべてマーク模試の過去問です。ということで受験した方以外は入手が困難です。学校の先生が持っていることがありますので相談してみてください)

 

形式段落での説明がメインになりますので、お持ちの問題冊子に形式段落番号を記入してください。1~11までになります。

 

 

では、始めます。

 


問1 漢字

 

すべて基本的な漢字です。これらが書けなかったとしたら漢字学習をすることをオススメします。

漢字検定2級レベルまでは完璧にしたい所ですが、時期が時期ですのでせめて準2級レベルまでは夏までに仕上げましょう。

 


問2 空欄補充

 

空欄補充は「何となく当てはめる」のではありません。文脈を読み取った上で入れるべきものを選択します。その際、「文章の読み方」を意識して考える必要があります。では、実際に解いていきます。

 

空欄X

 

ポイントは3つです。

 

①傍線部を含む一文に指示語がある。
 →直前の内容を確認する。
②形式段落の中程の部分にある。
 →この段落では何の説明がされているのかを形式段落のはじめを見て確認する。
③「対比」を意識する。 

 

空欄Xを含む段落の内容は、形式段落7のはじめを読んで分かるように「仲間でない者に何かを与えること、純粋贈与」のことだと分かります。

 

ということは、Xを含む一文の部分は「純粋贈与」の説明だと考えられます。

形式段落の作りは「この話するよ→説明→この話のまとめ」でした

 

Xを含む一文には「この境界」という指示語があるので確認すると「異類の者、見知らぬ者…彼ら・彼女らとの境界線」です。

指示語の内容は基本的に直前にあるのでした

 

それを超えることが「純粋贈与」だということですね。

この「超えるそれ」は「純粋贈与」と対比されるものだと考えられます(「それ」を超えたものが「純粋贈与」なのですから)。

では、この文章において「純粋贈与」との対比は何でしょうか。形式段落6で述べられている「贈与交換」だということは明白です。

評論では「対比構造」を意識して読むことが重要でした

 

「贈与交換」とは6段落から「贈与交換はルールを共有する仲間内でなされるもの」です。

この「仲間内」というのが、先程指示内容で確認した「異類の者、見知らぬ者…彼ら・彼女ら」との境界内でしょう。

で、純粋贈与はこれ(仲間内)を超えたものであるというわけです。

 

そういう内容の選択肢は「イ 社会の掟の外部の出来事」しかありません。

 


空欄Y

 

ポイントは2つです。

 

①形式段落の中程の部分にある。
 →この段落では何の説明がされているのかを形式段落のはじめを見て確認する。
②空欄直前に「具体例」がある。 

 

空欄Yを含む形式段落の内容は、形式段落7のはじめを読んで分かるように「異類婚姻譚」の話だと分かります。

 

空欄Yは形式段落の中程にあるからその説明部分です。どういう流れか確認します。

 

空欄Yの直前を見ると「アンデルセン、人魚姫」という具体例です。

具体例の前後には、まとめがあるはずでした

 

具体例の前は「異類の者にとって境界線を超えることは危険だが、その上に自己を否定して、別の姿を取ってやってくる」です。

 

これの具体例がアンデルセンの人魚姫です。確認します。「『人魚姫がそうである(指示語の指す内容は直前なので、先程の内容「別の姿でやってくる」です)ように、異類の者が境界線を超えるためには法外な対価を支払う覚悟が必要」です。

 

具体例のあとの空欄Yを含む一文は「Yと考えると、境界線を超える異類の者の覚悟は深い」です。

 

この3つがすべてイコールになっているというのが「具体例」の読み方でした。

抽象的な内容→具体的な内容→抽象的な内容、A→分かりやすく言うとこうだ→改めてA

 

この3つの文を比べてみると、すべて2つの要素で成り立っています。

 

①境界線を超えることは危険、対価を支払う覚悟が必要・深い
②自己を否定して別の姿をしてやってくる 

 

空欄Yを含む一文には①の内容があるのですから、空欄には②の内容が入るはずです

 

そういう内容の選択肢は「オ 相手が女の正体を知らない」しかありません。(姿が違うから正体が分からないということです)

 


問2から分かるように「形式段落の読み方」「指示語内容」「対比構造」「具体例」は重要なポイントです。「文章の読み方」で説明したこれらのことを常に意識できるようになると簡単に問題を解くことができますよ。

 

 

問3 理由説明

 

ポイントは2つです。

 

①「なぜか」という理由説明問題である。
②形式段落のはじめの部分にある。
 →この段落で説明がされていくはずである。 

 

傍線部は形式段落1のはじめにあります。ということは、このあとにその説明がなされるはずだと考えて読みます。

 

形式段落1のおわりの方に「つまり」というまとめがあり「動物は人間にとってとても有用だからだ」とあります。まずはこれが答えです。

 

ただ、このあとに「しかし、この答えは一面にすぎない」だとあるから、まだあるってことです。で、この形式段落が終わってるんだから次の形式段落2で述べられるはずです。

形式段落の「おわり」は次の形式段落の「はじめ」に繋がっていきます

 

ということで、形式段落2のおわりを読むと「動物が人間とは異なりながらも多くの点で人間と共通していることで、人間に別の存在の在り方、別の世界の可能性、生の高次の次元をもたらしてくれるから」とあります。これがもう1つの答えです。


この2つをまとまれば答えになります。

 

記述試験であっても何の問題もありません。「文章の読み方」で読むだけです。

 


問4 内容説明

 

ポイントは2つです。

 

①「どのようなものか」という内容説明問題(イコール問題)である。
②傍線部を含む一文から「対比」を意識する。 


傍線部を含む一文を読んで、どのような一文かを確認します。

「初発の一切の見返りを求めない純粋贈与は、傍線部(たんなる『交換』)へと変質してしまう」です。

 

ここで大切なのは「主語と傍線部との関係」です。「純粋贈与=傍線部へと変わる」という一文の構造を押さえると、傍線部の内容は「純粋贈与」が変質する内容であること、そして、それは「純粋贈与」と対比されているものであることが分かります(「純粋贈与」が変わったのが傍線部なのですから)。

あれ、この説明、問2の空欄Xとほぼ同じですね。

 

そう、「純粋贈与」の対比は「贈与交換」でした。ただ、これだと言葉の内容が「贈与」と「交換」で全然違うので合わせましょう。傍線部を含む一文にばっちり書かれているのが「純粋贈与」なのだから、これに合わせて「交換贈与」とでもしておきます。

たとえば「金髪の少年」と「少女の黒髪」では、「性別」がメインなのか「髪色」がメインなのか全然違いますよね

 

で、「交換贈与」については形式段落6の内容でした。

 

形式段落6の3行目に「このような交換は『贈与交換』」とあるから、その指示内容を確認します。「贈与の前から返礼が義務的儀礼的になされる制度化された」交換だね。

「贈与」に視点を合わせて「義務的な返礼がある贈与」とでもします。

そして、これは仲間内でなされます(問2で確認しました)。

 

以上から、自分で答えを導くことができるはずです。

 

選択肢を見てみましょう。

選択肢は文末(後半)から見ます。この問題は、正解とエ以外はすべて選択肢文末で間違いだと判断できます。

 

 

ア「返礼」→「贈与」でした。
イ「返礼」→「贈与」でした。
エ「贈与」→文末はオッケーです。しかし、前半の「ルールを共有する仲間でない者からの返礼」が違います。仲間内でなされるのでした。
オ「サイクル」→「贈与」でした。 

 


「文章の読み方」を意識すると、ほとんどの問題は傍線部の近くに答えの根拠があることが分かります。しかし、この問題は傍線部の近くに答えがないパターンでした

このパターンはたびたび見かけますので構造を確認しておきます。

 

次のような文章構造、傍線部の位置になっている場合に、今回のように答えの根拠が離れた箇所になります。

 

形式段落1~5 Aの説明 
形式段落6~8 Bの説明
形式段落9   まとめとして「AとBは…」という文章になっていて、「AとBは」の「A」の部分に傍線部が引かれている。 

 

「A」の説明はすでに終わっているので、Aに関する問題は形式段落1~5の部分を読んで答えることになります。

このような場合があると一応知っておくことは有効ですが、「対比構造」を意識していれば(このパターンは対比構造の文章で出てくることが分かると思います)問題なく対応できると思います。

 


問5 内容説明

 

ポイントは2つです。

 

①「どういうことか」という内容説明問題(イコール問題)である。
 →「リレー」のニュアンスを反映する(何かを渡していくこと。バトンを渡していくのが陸上競技におけるリレーですね)。
②形式段落の中程の部分にある。
 →この段落では何の説明がされているのかを形式段落のはじめを見て確認する。 


傍線部は形式段落11の中程にあります。形式段落のはじめに「こうして異類婚姻譚では」とあるので「異類婚姻譚」の話です。

 

「こうして」と指示語があるから、指示内容を確認していきます。

 

「こうして」の直前である形式段落10のおわりに傍線部である「贈与のリレー」という言葉があり、その直前が「言い換えれば」なので、「贈与のリレー」は「鶴がなそうとしたこと」であることが分かります。

 

「鶴がなそうとしたこと」の説明は形式段落10の中程に述べられています。

 

その説明は形式段落10のはじめから「人はこの事態を指して、異類の者が人間世界へ来る」という「異類婚姻譚」のことだ分かります。ということは、「この事態」が「贈与のリレー」です。

 

指示語を確認するために、さらに戻ります。形式段落9です。

 

形式段落9のはじめとおわりを確認すると「無償性によって既成の世界理解や他者理解が揺さぶられて両者の境界線が乗り超えられる」という同じ内容になっています。これが「この事態」です。

 

「無償性」は形式段落8の具体例をはさんで説明しているので、形式段落7を見て(具体例の前後が主張)「純粋贈与」のことだと分かります。

 

これ以上は戻る必要がないので、ここまでの内容を後ろから順にまとめます。

 

①純粋贈与をする。
②その無償性によって既成の世界理解や他者理解が揺さぶられて両者の境界線が乗り超えられる
③その行為によって、鶴がなそうとしたこと(新たな純粋贈与)が生まれる 

 

☆「リレー」のニュアンスを出すために「純粋贈与が純粋贈与を生む」という流れで書きます。
☆「純粋贈与」とはどのようなものかという説明を足すとちょうどいい字数になります。

 


この問題では傍線部から随分前まで戻っていきますが、「文章の読み方」に従っているということが重要です。なんとなく遠い所を答えの根拠とするのではなく、しっかりとした根拠をもって答えにたどり着けるようになりましょう。

そのためには、しつこいようですが「文章の読み方」をマスターすることをオススメします。

 


問6 内容合致

 

内容合致問題は1つ1つ確認していくしかありませんので対策できません。

 

ただ、あくまで消去法でいくようにしましょう。微妙なのは残して、絶対に違うと分かったものから消去していきます。そして、残ったものを答えとするのです。

 

自分でそれぞれの選択肢の何が間違っているのかを考えてから、解答でどの部分が間違っているのかを確認しましょう。

 

 


いかがでしたか。

 

センター試験も記述試験も、やるべきことは変わりません。記述問題は「書く力」が要求されますが、書く内容を考える段階ではマーク式と同じなのです。

ぜひ「文章の読み方」を意識して文章を読んでみましょう。現代文の問題を解いてみましょう。

国語の学力は上がりますセンター試験でも個別入試でも武器にできるのです。

 


今後も他の問題を使ってブログを書こうと思います。自分で解いてみてブログで確認するという流れで勉強してみてください。

 

要望や質問は「お問い合わせフォーム」から受け付けていますのでご活用ください。

検討を祈っています。

 

では、今回はこれで終わります。


最後までお読みいただきありがとうございました。

アナザースカイでの堀江貴文氏の言葉「前提条件として、共有しなきゃいけない教養があるんですよ」から考える

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

 

「前提条件として、共有しなきゃいけない教養があるんですよ」 

 

先日放送されたアナザースカイでの堀江貴文氏の言葉です。

10年前にテレビ局を買収しようとした目的は「サブスプリクションモデル」をやろうとしていたからだったが誰にも理解してもらえなかったと語りました。今なら「アマゾンプライム」のようなものだと言えば多くの人がイメージできますが、当時は誰もイメージできなかったというわけです。

 

その話に続いた今田耕司氏の「説明があんまり足らんと人には伝わらないんだ」という言葉に対する彼の返答がこれです。

 

 

「説明は僕はうまい方だと思います。うまい方なんですけど、前提条件として共有しなきゃいけない教養があるんですよ。本をたぶん何百冊か読まないといけないぐらいの教養が前提にあった上で話してるんで『分かんねぇよ』ってなっちゃう」 

 

何かをするときには前提となる知識や教養がなければ話になりません。前提条件を満たしていなければ理解はできないということです。理解ができないから話を前に進めることはできませんし、多くの人は理解できないことを頑張ろうとはしません。そこで思考がストップしてしまうことになります。

 

このように考えると、私たちがやるべきことは「前提条件を身につけていくこと」と分かります。その前提条件にも前提条件があるでしょうから、さらに小さなことから身につけていく必要があります。

学習ならば、基礎を積み重ねて標準へ、標準を積み重ねて応用・発展へと行き着くと言えそうです。


私たちは突然大きなことはできません。小さなことを積み上げることが大きなことへと繋がっています。数百冊の教養の積み重ねが「サブスプリクションモデル」というシステムへの理解に繋がると堀江氏が述べたのと同じです。

 

ですから、まずは「小さなこと」を積み上げる必要があるのです

 


では、積み上げるべき「小さなこと」とは何なのでしょうか。

 

私は、この「小さなこと」には2種類あると考えています。

 

1つは、その段階で「目標に通じていると分かっていること」です。目標のために必要であるとあらかじめ分かっているものです。

 

大学入試で求められる小論文を書くことが目標ならば、課題文を読み取る力、要約する力、論理的な文章を書く力、自らの意見を考える力などが挙げられるでしょう。

この「小さなこと」は誰でもやるはずです。なぜなら、絶対に必要であると分かっているからです。


しかし、大切なのはもう1つあるということです。それは、その段階では「目標に通じるとは思っていなかったこと」です

 

自分では目標に通じるとは考えてもいなかった、もしくは無駄だと思っていたようなことが実は目標達成に大きな影響を与えるようなものです。こちらについては結果論でしか語ることはできません。その段階では必要だと分からないからです。

小論文で例えるなら、授業中の雑談や家庭科の授業で習ったことが課題文の内容であったとか、たまたま見ていたニュース番組について親と話したことが問われるような問題だったという場合です。これらは小論文のためという意識はなかったはずです。しかし、結果論として非常に役立ったわけです。

 


スティーブ・ジョブズ氏のスタンフォード大学卒業式でのスピーチは有名ですが、そこでもこのことに通じることが語られています。彼が話した3つの話の1つめです。ググればすぐに読むことができるでしょうから、是非読んでもらいたいと思います。

 

簡単にまとめると、興味に任せて潜り込んだカリグラフの授業が、10年後、マッキントッシュの成功に大きく貢献したという話です。そして、このことから「将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎ合わせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです」と語りました。

 


堀江氏が述べた何百冊か読まなければいけない教養というのも、ジョブズ氏の言う点と点のようなものだと考えられます。

 


その段階で必要だと分かっているものと、その段階では必要だと思っていなかったけれど自分の中に蓄えておいたもの。

目標の達成や、自分が思っていた以上の結果が出るときというのは、この2つがうまく融合したときに起きます。


忘れてはいけないのは、後者は「結果論として必要だと分かる」ということです。今やっていることが「必要」だと分かっているからやっているわけではありません。とりあえずやってみたことが後々実を結ぶことがあり、それがブレークスルーに必要不可欠の要素になりうるということです

 


初心者が熟達者に物事を習うとき、なぜこんなことをやるのだろうと疑問に思うことがあります。しかし、後々それは必要だったことに気付けるわけです。

大学受験や資格試験に向けた学習の中で、なんでこんなことをやる必要があるんだろうと思うこともあるでしょう。しかし、後々それが必要になってくるものなのです。


私は運動部の顧問なのですが、こういう場面がよくあります。

 

生徒は「この練習にどんな意味があるのですか」とすぐに聞いてきます。「いいから黙ってやっておけ」と答えることなどできるわけもなく、「こうこうこういう理由で必要なことなんだよ」と教えます。それでも、そのときの生徒のレベルではそのことが理解できません。結局よく分からないけど、先生が言っているから仕方なくやるようなことになります。

しかし、競技レベルが上がったある瞬間、突然こう言うのです。「先生、あの練習ってこういう意味があったんですね!やってて良かったです」「……(いやいや、そうやって説明したじゃん。ま、分かってくれたならいいか…)」

 

説明を受けてもよく分からなかったものが、ある程度のレベルに達すると突然言っていたことが分かるようになる。このような経験は誰にでもあると思います。

 

部活動に限らず、国語を教えていても、大学受験に向けた計画を一緒に立てていても同じようなことは多々あります。

 

これらのことから確実に言えることはこれでしょう。

 

 

未熟であるのに取捨選択ばかりする人はなかなか成長できない。
何でも吸収しようという姿勢の人は大きく成長できる。 


その時点で理解できることもあれば理解できないこともあります。そして、そのどちらも必要なことなのです。だから、その時点で自分にとって必要だと分かっていることだけではなく、不要だと思うこともやっておくことは大切なのです

 

私たちは答えが分かっている迷路を歩いているわけではありません。答えのない「自分の人生」を歩いているのですから目の前の「小さなこと」を1つ1つやっていくことが重要なのです。


変化の激しい時代だからこそ「前提条件」として明らかに必要なもの以上に、今の段階では必要だと気付けていないものが多くあるはずです。明らかなものを蓄えるのは当然として、必要だと思えないようなこともどんどん蓄えようとする姿勢を持つことが求められます。

 

字義通りの「先見の明」と、結果論としての「先見の明」があるのです

 


このことをちょっとだけでも意識して、「前提条件」としての「小さなこと」を積み上げるだけでも未来は大きく変わると思いませんか。

 


最後までお読みいただきありがとうございました。

ドラマ「僕の生きる道」中村秀雄の言葉「あと1年と思って何もしない人は…」から考える

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

 

「あと1年と思って何もしない人は5年あっても10年あっても何もしないでしょう」

 

2003年に放送されたテレビドラマ「僕の生きる道」は、草薙剛氏が演じる進学高校の教員である中村秀雄を描いた作品です。

 

3年生の担任である中村は健康診断の結果、胃癌のため余命1年と宣告される。それまで何の目的も持たず、なんとなく人生を送っていた中村は自暴自棄に陥るが、残りの人生を精一杯生きようと決意する…という内容です。

 

「死」をテーマとしながら「生きていくことの本当の意味」を問いかけた作品として、歴史に残る名作と言っても過言ではありません。私の好きなドラマベスト3には入る作品です。主人公が高校教師ということも影響しているかもしれませんが。

 

今日紹介した言葉は、その中村先生が生徒たちに言った台詞です。

「まだ先のことだから」「時間はまだあるから」と言って物事を先送りにする人は、いつまで経ってもそのことに手をつけることはありません。

やるべきこと、やらなければならないことが分かっていながら、それを後に回すとどうなってしまうでしょうか。後でやろうと思っていた「その時」になったら他にやることができているでしょうから、結局いつまでもできないということになってしまいます。
せいぜい締め切りギリギリになって、慌ててやるくらいのものです。そうしてやったとしても、ギリギリの時間だけで仕上げたものはその場をしのぐ程度のレベルにしかならないでしょう。

だから、いつかは「やる」と決まっていることならば、今すぐにやる必要があります。そうしなければ、いつまで経ってもやる「その時」は来ませんし、今からやることでより良いものにすることができます。

 

いま、自分がやるべきことを思い浮かべてください。その多くには期限があることと思います。なかには期限が目の前に迫っているものもあるでしょう。いま、それをやらなければやり始めたときには「時すでに遅し」となってしまいます。

 

私たちが持っている「とき」は、常に「いま」しかありません。

「いま」やらなければ、やる「いま」はいつまでも来ません。


いま、自分が持つやるべきことの期限を長いと捉えるか短いと捉えるかは人それぞれですが、どちらで捉えたとしても「いま」やることは決まっています。

いま何もしない人は満足できるくらいにやり切ることはできずに終えるでしょう。

いま取り組み始めた人は、満足のできる結果を手にすることができます。

 

成功する人と失敗する人。

それは、いまこの瞬間に何をしているかで、すでに決定づけられてしまっているのです。

 

「やりたい」と言葉で言っていても、実際の意識や生活はどうでしょうか。

もしやっていないとすれば、いま変わらなければいつまでも変わることはありません。

時間は刻一刻と過ぎています。

どんなに些細なことからでも構いません。

やりたいこと、やるべきことを、いますぐやってみましょう。

 

 


最後までお読みいただきありがとうございました。

エイブラハム・リンカーン氏の言葉「そのことはできる それをやると決断せよ」から考える

こんにちは。北の大地で教員をしています「きんこ」と言います。

今日は私のブログを見てもらい、ありがとうございます。

 

 

「そのことはできる それをやると決断せよ それからその方法を見つけるのだ」 

 

アメリカ第16代大統領であるエイブラハム・リンカーンの言葉です。

奴隷解放の父と呼ばれ、黒人奴隷を解放したことで賞賛されます。最後には暗殺されてしまいますが、偉大なことをやり遂げた人物だということに異論はないでしょう。

 

成功のためのたった1つの方法は「成功するまで続けること」です。
成功するためのたった1つの方法 - 高校教員の徒然日記

 

また、物事に対して用意周到になるのではなく、とにかく挑戦し続けることが重要であるとも書きました。
中村俊輔氏の言葉「課題が出てこない試合なんてない」から考える - 高校教員の徒然日記

 

ただ、それ以前の大きな問題を忘れていました。

 

それは、何を「やる」のかを明確にし、「やる」ということを決断するということです。

 

これなしに目の前のことをただ継続しても「成功」はありません。

なぜなら、何が「成功」なのかが分からないからです。

 

自分の考える「成功」の形を思い描くことが必要です。

自分は何をやりたいのか。どのようになりたいのか。

これを具体的に考えることから、すべては始まります。

 

「成功」の形を思い描いたのなら、「そのことはできる」、だから「それをやる」と決断することが重要だとリンカーンは述べます。

成功するたしかな道筋があり、目標に向かっていくという順ではありません。必ず達成するという強い気持ちが先にあって、それからその方法を探していくのです。

 

自分は必ずできる。絶対に成功する。自分にはその力がある。

こう信じることが「信念」となります

 

簡単に「信念」なんて書きましたが、「信念」を持つことは簡単ではありません。

はじめから自分に自信を持っている人などいないからです。

 

自信というのは何かをやり遂げた経験があって、はじめて手に入れることができるものだと考えられます。しかし、このように言ってしまうと、自信も経験も手に入らないことになってしまいます。

 

自信がないから新しいことに挑戦しない。挑戦しないからいつまで経っても何かをやり遂げることなく自信もつかない。

これが、なんとなく惰性で人生を送ってしまう人の典型例です。

そんな人生では後悔することの方が圧倒的に多いでしょうし、最期の時に「満足のいく人生だった」とこの世を去ることなんてできないでしょう。

 

「信念」を持つためには、何となくやっていたことが大きな自信に繋がるような経験となるか、自信はないけれども何かに挑戦していくかの2つの道しかないということになります。

 

前者は受動的であり、後者は能動的です。

受動的な方法を選んだとしたら、自ら何かに向かっているわけではありませんから、それがいつ叶うのかまったく分かりません。

能動的な方法を選べば、叶うかどうかは別としても、自分次第で経験をどんどん積むことができます。

 

「信念」を持つことができるような人物になるためには、どちらのほうが良いかは誰にだって明白なことです。

 

初めは誰だって自信を持っていません。できる確信だってありません。それでも、自分にはできると信じ挑戦することが必要なのです。このように自分を信じることが絶対にそれをやり遂げるという強い意志の源となります。そして、強い意志があるからこそ、実現するための方法を本気で探すことができるのです。


自分は何をしたいのか。

まずはそれを自問自答することです。

誰にだって、やりたいことはあるはずです。

やりたいことがないと悩む人は、無意識に実現する可能性が低いと決めつけて諦めてしまっているだけです。

私たちは何だってできます。諦める必要はまったくありません。

不可能だという思い込みをなくせば、私たちの可能性は無限です。

 

自分が望むことは何なのか。

それを思い出して、もしくは見つけて、「やる」ことを決断しましょう。

その「決断」が「成功」の始まりです。

 

 


最後までお読みいただきありがとうございました。